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1990年代、出会えたことを心から感謝する映画

甘酸っぱい思春期が胸に広がる『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』

甘酸っぱい思春期が胸に広がる『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』

1993年8月、たまたまつけたドラマでとんでもない出会いをしてしまった!!この出会いで発展途中にあった感性には、まだ空席で物足りないとどこかで感じていた心の箇所に『永遠のノスタルジック』とでもいうような世界観が舞い降りました。もし、あの時間、テレビをつけていなかったら、ほかのチャンネルをつけていたら……。そんな「もしも」を考えるほどに、25年以上が経過した今も心に保存され、お祭のラムネに入っていたビー玉みたいに心引きつける作品です。

思春期の入口に立った等身大の小学生たちが繰り広げる夢のつまったリアル

1993年フジテレビ『if』で放送された岩井俊二監督の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』は、上記した通り、たまたまのテレビ鑑賞が、とてつもなく幸運な出会いになりました。
この作品は1995年に映画化され、ビデオも発売され、その後インターネットで期間限定で無料配信もされています。奥菜恵さん、山崎裕太さんら出演の実写映画です。

思春期の入口に立った小学生たちが、花火大会のある登校日に学校に集まります。授業では先生が「火炎反応」の実験を暗い教室でしてくれ、花火の色について教えてくれます。暗闇の中で、典道は、同じクラスの美少女、なずなと目が合います。
この登校日、呑気にテレビを見ながら食事をし、母親に急かされながら家を出て、仲間たちと合流して学校へ来たいつもの日常の中にいる典道に対し、離婚のために8月中で転校する旨を記した手紙をなずなは母から学校へ出すように託されていました。

遊び半分でプール掃除をしていた典道と祐介は、50メートル競泳をすることになり、そこでなずなを賭けることで話が決まります。プールへやって来たなずなは審判を買って出ます。典道は折り返しのターンで足を擦りむき、結果、祐介が勝利しました。なずなは勝った祐介を花火大会に誘い、家に迎えに行くと約束します。

一方、教室では「花火は横から見たら、丸いのか、平べったいのか」という論争が巻き起こり、海で行われる花火大会は、山道を通り、灯台へ行き、灯台に登れば花火を横から見られるという案から、男の子たちは待ち合わせをし、数人で灯台へ向かうことになります。

なずなが家に来るとわかっていた祐介は、男の子たちの灯台行きに賛同し、集合前に典道の家に来ていました。病院の息子の祐介は典道の足のけがを自分の病院で診てもらうように勧め、先に集合場所へ向かいました。
浴衣姿で祐介の家の病院で、祐介を待つなずなに典道は遭遇します。
なずなの手には大きな荷物。
もちろん祐介は来ず、母親に見つかり、連れ戻されて行きます。
もし、自分が勝っていれば……、強い後悔に襲われた典道の意識がふと、祐介との50メートル競泳中のプールに戻ります。

ここから、典道となずなの、もうひとつの物語が始まります。

花火大会に行かず、バスに乗り、駆け落ちする、というなずなに対し、心中と駆け落ちの違いも曖昧な典道。男の子よりも少し成長が早くとも、まだ小学生のなずなと、子どもであることをありのままに受け入れながら、なずなへの想いをはっきりと自覚している典道の束の間の逃避行。
夜の学校に忍び込み、それまで「大人の女」を装い、背伸びしていたなずなの見せる無邪気な笑顔。
そのクライマックスシーンは、REMEDIOSの澄んだ歌声に包まれます。

夢中で駆け抜けた子どもの頃の断片に生き続けるノスタルジア

放課後の誰もいない教室で吹きこむ風に揺れているカーテン、並んだ水道の蛇口、夕刻の見上げた空に映り込む電線、古い木造家屋の軒先に吊るされた風鈴、神社の境内で飲む瓶入りのラムネ、そんな子どもの頃夢中で駆け抜けた時間の中、振り返った記憶の背景に否応なく切なくなる人にとって、心が水中花の花のように映画の世界に全てを包まれる作品です。

そして、映画に登場する等身大の小学生である典道、祐介たち男の子と、なずながとにかくいいです。
もう子どもである時期の終わりに差しかかりながら、世間ではまだまだ子どもであるもどかしさと、子どもの時だからこそ自由に走ってゆける世界が、鮮やかに、のびやかに表現されています。
なずなを好きでもそれを素直に言えない祐介や、なずなの思考に戸惑いながらもついて行く典道、大人と子どもの境にいて、時折はっとさせる目をするなずな。

そんな小学生の登場する『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』は、この小学生たちと同じ経験がなくとも、懐かしさを呼び起こさせます。
二つとない、自己の中にだけにある子どもの頃の記憶を、優しく、どこか心もとなくさせる郷愁で現在の自分を包み込みたくなる、そんな感情を呼び起こす力が『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』には秘められていると思うのです。

駆け落ち先のバス停終点で着がえて化粧をし、「どう? 十六歳に見える?」と典道の前に立つなずなの戸惑いながら向けた眼差し、花火の真下に立つ典道と灯台に辿りついた男の子たちを照らす打ち上げ花火の光……。

岩井俊二監督の透明感溢れるどこまでも美しい世界観が散りばめられた、オススメ映画です。