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一生懸命に生きることの大切さ

涙必須の感動作『国際市場で逢いましょう』

涙必須の感動作『国際市場で逢いましょう』

韓国では2014年12月、日本では翌年2015年に上映された『国際市場で逢いましょう』。監督・脚本は共に「TSUNAMI-ツナミ-」のユン・ジェギュン。 現地韓国で行われた第52回大鐘賞映画祭では作品賞を始め10部門を受賞し、観客動員数は1410万人を突破した名作です。韓国映画の歴代観客動員数2位につけたこの作品の魅力をご紹介したいと思います。

1950年代、激動の朝鮮戦争

物語は、年老いた夫のドクスが妻・ヨンジャに語りかけるところから始まります。自分は船長になるのが夢だった、その夢が叶わずに終わった、と。
ドクスにはどんなに反対されても守ってきた店があります。それが、「コップインネ」です。それを守ってきたのには、人知れず抱えていた辛い過去が関係していました

1950年、ドクスたち6人家族が暮らす興南に中国軍が侵攻し、家族はアメリカ軍の救助を受けようと急いで港へ向かいました。両親は弟と妹を抱え、長男のドクスはすぐ下の妹マクスンと手を繋ぎ、走っていきます。
当初は市民を受け入れない姿勢のアメリカ軍でしたが、市民が乗船できるよう武器の搬出を開始。船の横に下げられた綱から次々と人が乗り込んでいきます。ドクスもマクスンをおぶって登っていましたが、後ちょっとというところで、マクスンは下から登ってくる人に引っ張られ海に落ちてしまいます。ドクスの手に残されたのは、マクスンの服の袖だけ。父親はマクスンの捜索のため地上に戻ることを決断します。泣きわめくドクスに父親はあることを約束させました。「今からお前が家長だ、何があっても家族を守れ」と。しかし、父親とマクスンは戻ることなく、船は出航。街は次々と破壊されていきました。

1951年、一家は釜山に暮らす父親の妹夫婦の元に身を寄せていました。妹夫婦はコップンの店という雑貨屋を細々と経営しており、ドクスは父親と妹がここに現れる日が来ることを信じていました。父親とここで落ち合うことを約束していたからです。
それから成長したドクスは、家族を支えるため西ドイツで働く鉱員になることを決意します。

運命の出会いと家族との再会、そして…

ドクスは1963年に渡独。死と隣り合わせの環境に置かれながらも、ドクスは過酷な労働に全力で取り組んでいきます。そんなある日、韓国人女性のヨンジャと出会いました。彼女はドイツで看護を学んでおり、二人は徐々に距離を縮めていきます。
幸せな日々が続く中、ドクスが働く鉱山でガス漏れが発生し、大規模な爆発事故にまで発展。仲間を助けようとしたドクスは、そのまま生き埋めになってしまいます。
鉱山仲間たちは強行突破しドクスの救出へと向かうのでした。
辛うじてドクスは救出され、ヨンジャの懸命な看病で回復していくドクスでしたが、ビザの期限切れが近づいていました。

1966年に帰国しましたが、ある日突然ヨンジャが現れます。ドクスの子を妊娠したと言うのです。ドクスはヨンジャとの再会と妊娠の知らせを心から喜び、二人は結婚します。さらに、念願の海洋大学にも合格、自分の夢を追いたいと考え始めていました。
ところが、その矢先に叔母が亡くなります。お金欲しさから叔父は、コップンの店を売ろうとしていました。父親との待ち合わせ場所を守るため、ドクスは進学を諦めコップンの店を買い取ることを決断。また、ドクスは家計を支えるため、ヨンジャの反対を押し切り、1974年にベトナムへ。そこでドクスは足を負傷してしまいます。

怪我を負ったものの、無事帰国したドクス。
1983年、ドクスはテレビ局主催の朝鮮戦争離散家族を捜索する企画に参加し、マクスンと思しきアメリカ在住の韓国人女性が見つかります。女性からは次々とマクスンの特徴が語られていきました。ホクロの位置、袖が破けた服、そして兄に「手を離すな」と言われたこと…。ドクス、マクスン、そしてテレビの前で中継を見守っていた家族は、大声を上げて喜びの涙を流しました。

物語の舞台は現代へ戻ります。ドクスは一人、自室で父の遺影に語り掛けていました。「頑張ったよ」と父親の形見のコートを抱きしめながら涙を流します。
その翌朝、ドクスは店をたたむ決意をヨンジャに告げます。昨夜の出来事を機に考えを改めていたのです。「もう来られんだろう」と、ドクスは父親との再会が叶わないことを受け入れていました。ヨンジャがそんなドクスの手を静かに握り、この物語は幕を閉じます。

子供の誕生をきっかけに描く決意をした思い

ユン・ジェギュン監督には、2004年に第1子が誕生しました。その時に、自身の亡き父親の姿を思い出したことが本作製作のきっかけとなっているそうです。
自身の父親について監督はこう語っています。
「自分の家族のためだけに働いて人生を送っていた人でした。そんな父に対して、私は存命中に『ありがとう』と伝えられませんでした。それが心残りで、父への感謝の気持ちを映画にしたいと思ったのです。」

この映画は、韓国現代史を描くという前例のない作品であり、多額の製作費が必要だということで、企画の段階では、なかなか賛同が得られず苦労したそうです。様々な困難に向き合い、構想から約10年後の2013年にやっとクランクインした、監督の力作となっています。

また、映画の名前にも入っている通り、有名な観光地釜山の国際市場が舞台となっています。ドクスの店「コッブインネ」は、実際に存在しているのだとか。
他にも、釜山に行ったことある人ならわかるような場所がたくさん出てきます!

まとめ

 この映画は、戦争がもたらした残酷な悲劇を描くと共に、**その過去を抱えながらも立派に生きたドクスの生き様**をリアルに描いています。

この映画を観ると自分たちがいかに恵まれているのかがまざまざと感じられ、もっと一生懸命に生きないといけない、生きたいと思わせてくれます。
ぜひ、多くの方にドクスの情熱を感じていただきたいです!