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色彩と音楽に揺られて

少しだけ悲しくて愛すべき人々『天使の涙』

少しだけ悲しくて愛すべき人々『天使の涙』

今日は仕事も早く片付いたし何か映画でも観たい気分だ、さて何を観ようかな。映画を観る時、皆さんは何を基準にチョイスしていますか? 私はいつもその日の気分や、難しいストーリー展開についていけるくらい頭が冴えているかどうか、長時間の鑑賞にも体力が持ちそうな体のコンディションかどうかなどを基準に決めています。 今日は少し疲れ気味で頭を休めたいから軽めのものにしようか、今日は気分がハイなので少し重めのヒューマンサスペンスでもいけそうだな、といった感じです。 そんな私が、今日は何だか1人ベランダで月を愛でながらお酒でも飲みたいな、 なんて気分の時に観たくなる映画が、ウォン・カーウァイ監督の『天使の涙』(1995年)です。 この映画は世界的にスマッシュヒットとなったフェイ・ウォン、金城武出演の『恋する惑星』(1994年)の中のサイドストーリーとして考えられたものを映画化した形になっており、『恋する惑星』とパラレルワールドのような世界観になっています。

5人の男女のスタイリッシュな群像劇

~あらすじ~
ネオン煌めく雑踏の中、
共に孤独な殺し屋とパートナーの女は依頼人からの仕事を淡々とこなしていく。
だが、2人はお互いの顔も知らない。
一方、安宿の息子モウは賞味期限切れのパイン缶を食べたせいで口がきけない。
そんなモウは、目の前で恋人に振られた女性に、生まれて初めての恋をする。
ある日、殺し屋は足を洗う決心をパートナーに伝えようと、
155週目に初めて会う約束をするのだが・・・。

殺し屋(レオン・ライ)とその女相棒(ミシェル・リー)との関係をスタイリッシュに描いた作品で、全体を通して重くハードなシーンもあるものの、クリストファー・ドイルが描く幻想的な映像美やウォン・カーウァイ映画独特の詩的なセリフのおかげでとてもアーティスティックな匂いを醸し出しています。

殺し屋・女パートナー・失恋した女・失恋した女に恋する口のきけない青年・殺し屋の記憶に残ろうとする女。
皆が個性に溢れ、どこか悲しくてそれでいて愛しいほどにかっこいい。
香港の雑踏の中で5人の人物達が刹那的に絡みあう群像劇は、切なさと温かさに溢れた味わった事のない不思議な気分にさせてくれます。

レオン・ライのあの柔和な笑顔と殺し屋として生きる孤独な影とのアンバランスさに
観ているこちらの感性が揺さぶられます。
そしてなにより黒のボンテージに身を包んだミシェル・リーの、妖艶でクールな美しさに開始数分であっという間に魅了されてしまいます。

さらに、二枚目なイメージが強い金城武が、ユーモア溢れる演技でビターな展開の中に優しい彩りを加えてくれています。
個人的にはカーウァイ作品の金城武が一番好きだな。

男女の行き場のない関係を抒情的に描く事が多いウォン・カーウァイ作品の中でスタイリッシュさが際立つ1本となっています。

行き場のない愛…そして決断

主人公の殺し屋は、仕事に私情は持ち込まない。
パートナーから送られてくる指示に従いターゲットを殺すのみ。
いつ誰を殺すかもすべてパートナーが決める。
情が移らないようパートナーとは決して会う事はなく、顔も知らない。

そんな殺し屋に密かに思いを寄せるパートナーの女。
しかし、彼女も決して彼と会おうとはしない。
「会えば興味を無くすから」と殺し屋を想像の中で愛し続けます。

特にミシェル・リー演じるパートナーがネオン輝く雑多な部屋で相棒の殺し屋を思いながら、妄想の中での情事に耽るシーンは息を飲む程の官能さで、とてもエロティックです。

いつあるともないとも分からない依頼を待ちながら、取り立て屋として生計を立てる日々。
ターゲットからの銃撃で傷を負えば、1人痛みを殺して自らの手で銃弾を取り出し、バスで偶然出くわした同級生には嘘の身分で近況報告。
そんな不安定で荒廃した日々にひどく疲れた殺し屋は、ある日堅気に戻る一大決心をします。

心優しい青年「モウ」の魅力

一方、パートナーの女が宿泊しているホテルには「モウ」という心優しい青年が働いていました。
モウは5歳の時に賞味期限切れのパイン缶を食べた事によって喋る事が出来ません。
アイスクリーム屋の車にひかれて母親を亡くし、父が経営するホテルを手伝いながら、夜は閉店後の他人のお店を使って様々な商売をしています。

金城武演じるこのモウは、少年のような心を持った青年で愛嬌たっぷりな魅力を振りまいています。
父子二人の和やかで少し切ない関係は、私の中でお気に入りです。
叱られながらも父親のベッドにビデオカメラを持って忍び込み、いつの間にか寝てしまう金城武は本当に子どものようです。

そんなある日、モウは友人に恋人を奪われ失恋した女に偶然出くわし、人生初の恋をします。
この二人の掛け合いはとてもユーモアに溢れていて、思わず口元が緩んでしまうのですが、まるで少年の初恋のようなモウの思いは一方通行で決して交わる事はありません。

どこか少しだけ悲しくて愛すべき人々

殺し屋稼業から足を洗うと決めた主人公は、パートナーへその思いを伝えようとしますが決して会おうとしません。
行きつけのバーの店員に、自分を探しに来た女へコインとジュークボックスの番号「1818」を伝えて欲しいと店員に頼みます。
店に着いた女はジュークボックスから流れる曲を聴いて、主人公の思いを知るのです。
そして、パートナーとしての最後の仕事に望む2人ですが。

さらにそんな折、モウの父親が病気で亡くなってしまいます。
いつまでも子供のようなモウが、ビデオカメラで撮影した生前の父親の映像を1人で眺めるシーンにはグッときます。
このシーンで流れる曲がまたいいんです。

そして、すれ違いながらも共に大切なものを失い、喪失感に覆われた女とモウが、「Only You」をバックに交差するラストはとても心が温かくなります。

この映画に一貫しているテーマは「期限」なのかなと。
「期限」切れのパイン缶、人の気持ちや悲しみにも「賞味期限」があればいいのにというモウのセリフがとても印象に残っています。

主人公を愛してしまい、忘れられないように髪を明るくするゆきずりの女や、モウのバイト先の日本人店長、モウにアイスクリームを押し売りされる家族などなど、この映画に出てくるキャラクターは皆少しだけ悲しくて、そして愛すべき本当に魅力的な人々なんです。