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DC史上最強のアクション・エンターテイメントだが…!?

『アクアマン』に物申す!

『アクアマン』に物申す!

本作品は、 DCエクステンデッド・ユニバース(DCコミックスのヒーロー達が一つの世界を共有したクロスオーバー作品群。前作は『ジャスティス・リーグ』)の 第6作品目として誕生した。『ワイルドスピード SKY MISSIОN』でもお馴染みのジェームズ・ワンが監督を務めたこともあり、DC映画特有の重厚な雰囲気から一新してエンターテイメント色の強い娯楽作として期待が高まるなかでの公開となった。

DC映画史上ナンバーワンのエンターテイメント作品

結論から言って、DC史上最強のアクション・エンターテイメントとなっている。

…とまぁ、ここで記事が終わりかねない文言を綴ってしまったのだが、本当に面白いのである。
『デッドプール2』内でも揶揄されたような重みのある空気感と打って変わり、 テンポよく切り替わる場面、スピード感溢れるキャラクターの動き、海ならではの奥行きを体感できる遠近の操り方など、この上ないアトラクションと言える。

数多く盛り込まれたジョークも、ハイテンションな作風に寄与しており、 意図的にマーベル感を狙ったのではないかと推測できる。

実績としても、1月27日時点で世界興行収入が10億9000万ドルを記録しており、これはDC映画史上ナンバーワンの数字である。
ツッコミどころもないわけではないが、大成功にふさわしい映画と言えるだろう。

『アクアマン』における卑怯者…行動は計算に基づいて

さて、文句なしの大娯楽作となっている『アクアマン』だが、二度鑑賞した上でどうしても消化できない思いがある。
前述の称賛ワードたちは既に数多くの媒体や観客たちも伝えていることであり、私が今回アクアマンを取り上げたのは今さら弱小賛辞を贈るためではない。

それは、 本作品に登場するあるキャラクターに対しての疑問であるが、いちゃもん同然となるかもしれない。そこは御理解頂きたい。
※どうしてもネタバレが混入してしまうので、未鑑賞の方はご注意下さい。

まず言及したいキャラクターはネレウス王(ドルフ・ラングレン) である。

海底国ゼベルの王であり、アトランティス帝国から戦争に協力するよう頼まれる。

彼の判断や決断はすべて他人本位であり、海底のパワーバランス次第で強者側につく人物だ。
王と名のついたキャラクターでいるものの、 貫き通したい信念や正義は皆無と言っていい。
劇中に勃発する大戦争は、結果として後述のヴィランが全て責任を負うことになる(少なくともスクリーン内では)。
つまり、一度はヴィランに協力して戦に加担していたにも関わらず、 最後の最後に「アクアマンの味方」になるだけで、ネレウス王は戦争責任を免れたのである。

そして2人目にして、最大の卑怯者がバルコ(ウィレム・デフォー) である。

アトランティス帝国の参謀であり、時の王様に助言を与える国家のナンバー2である。

地上で生活していた少年時代のアクアマンことアーサーに、泳ぎや格闘スキルを伝授した張本人なのだが、その理由を大まかに説明すると「オーム王子が間違った教育を受け、力を誤った方向に使うかもしれない。そうなった場合に救世主となりえる存在を育成する」 ということだ。

ここで既にバルコの動機が破綻していることにお気づきだろうか。
なぜなら、中盤に差し掛かるまでバルコはオームの味方だったからである。
嫌々オームの指示に従っているような描写は無く、更にはオームの主張をアーサーに代弁するシーンまである(なぜアトランティスが地上に宣戦布告するのか、という下り)。

だとすれば、アーサーに泳ぎや格闘術をレッスンしていたのは何だったのだろうか。

「当時参謀としての力が弱かったバルコは、間違った教育を受けているオーム少年を止められなかった。あるいは進言が不可能だった」といった描写があるなら納得できる。

余計なお世話だと百も百億も承知だが、一つ言わせて欲しい。
オームが地上に戦争を仕掛ける際に、海底国ゼベルに協力を要請するのだが、首を縦に振ってもらうためにある工作を行うシーンがある。
これがフェイクであると気付く役目をバルコが果たしていたら、彼がアーサーの味方になる動機は、より明確になっていたのではないだろうか。

ここからは邪推だが、 アーサー、オームと異なる思想の強者を2人仕立て上げることが、はなからバルコの目的だったのではないかと筆者は捉えている。
今回のように、アーサーが大勝利を収めた際にオームの味方でいると、自身も戦犯として吊るし上げられるかも知れない。
そういった事態を想定したうえで、 バルコにとって「アーサーの味方でいる」という事実は、参謀としての立場をキープするための究極の保険だったといえる。

まとめると、ネレウス王とバルコは「立ち回りが上手な卑怯者」だ。

『アクアマン』で最も不幸な人物…そもそも彼は悪なのか?

ここまで何度も名前が出ているが、 その不幸な人物とはオームのことである。

アーサーの異父兄弟であり、アトランティス帝国の王。

まず、ヴィラン(悪役)の条件として、ヒーローと敵対する立場でなければならないのだが、その過程がスーパーヒーロー映画で非常に重要である。

そもそも、「今から悪いことをする悪者になるぜーい」といった正義に対抗する立場としてのヴィランはごく少数で、 本人達は自身の行いや選択を正しいと考えているし、彼らにとっては主人公/ヒーローが間違っているのだ。

そのように互いの「正義」が相反する過程があるからこそ、結果としてヒーローvs悪役の構図が成立するのである。
ヒーローがなぜヒーローか、悪がなぜ悪かといったドラマが無ければ主人公を応援する根拠が無い。

今回のアクアマンではオームがヴィランを全うすることになるのだが、彼の目的と行動をおさらいしよう。

まずオーム王は自身が受けてきた教育により、地上と海底は絶対的に異なる世界だと信じ込んでいる。
そのため、日頃から環境を汚染・破壊する地上人を海にとって脅威だと捉えており、そろそろ「地上人共をボコボコに懲らしめたらぁ!」と戦争を仕掛けようとするのだ。

それには海底の軍事力を総動員する必要があるため、海の世界でほぼ絶対的な権限を持つ「オーシャン・マスター」の称号を得なければならない。

これらの目的を遂行するため、手段を択ばず冷酷非道な行いを繰り返したところにアクアマン参上!そして敗北!逮捕!という流れである。

確かに多くの戦死者を出すことになったのはオームの暴走に起因するところであり、責任を負って然りであろう。ましてや「俺はオーシャンマスターになる!」といった名誉欲も存在し、戦争を起こす大義名分の為に偽装工作も行ったのだから、弁解の余地なしだ。

ただし、これらは彼の動機に言及したものではない。
海底人の立場になってみれば、地上人による乱獲や大量のゴミ投棄、それによる汚染といった事柄はやはり脅威そのものではないだろうか。怒りを覚えて当然である。

手段こそ到底許されるものではないが、オームが帝国の王として抱いていた責任や正義は果たして悪と言えるだろうか。

そんなオームがアーサーとのタイマンに敗れた際、母親のアトランナ(ニコール・キッドマン)にこのような事を言われる。

『あなたは、小さな頃から世界は地上と海底の二つが存在すると教え込まれてきた。本当は世界は一つなのよ』 という内容だ。そのセリフを受け、

「うん。じゃあオームに間違った教育を施してきた奴らが元凶じゃねえの」

というのが率直な感想だ。オームからすれば、正しいと信じてきた自らの行いを力によって否定され、一方的に断罪されたのである。更にアトランナのセリフが証明するように、決してオームが独断で「地上人=悪」だと決めつけたわけではなく、海底の世界では根深く「脅威としての地上人像」が存在したのではないか。

だとすれば、 オームに責任全てを押し付けて牢にぶち込めば解決するとは考えにくいし、それで一件落着顔したネレウスやバルコは稀代の卑怯者である(何度目だよ)。

もう一つ、アトランナのセリフは実に真っ当な思想だと思うが、同時に何の解決にもならないとも考えられる。海底側が「そうそう、世界は一つなんだよね」と納得したところで、オームの暴走の原因となった地上人の愚行は無くならないからだ。その点は、アーサーを筆頭に地上の世界に諭しにでもいくのだろうか。

最後に

これまで長々と疑問点を書き綴ってきたが、それらは本作品の魅力や面白さを否定するものではない。映画『アクアマン』鑑賞中には子供のようにワクワクしたし、友人達には興奮冷めやらぬまま電話をかけ、「絶対観に行けよコノヤロー!」とお勧めした程だ、

2022年に公開が予定される『アクアマン2』は今から楽しみである。