ホームへ戻る

カテゴリー

新着記事

ここ1ヶ月間の人気の記事

古くて新しい

野村芳太郎『鬼畜』を「今」観てみよう!

野村芳太郎『鬼畜』を「今」観てみよう!

時代は常に過ぎ去っていき、社会形態も徐々に変化していきます。時代の変化と共に家族の構成やあり方も様々な形に変化していっています。しかし、人間の根本的な感情は変化しないものなのかもしれません。幼児虐待の問題は人によって現代的な社会問題として取り上げられます。しかし、そんなことはありません。野村芳太郎監督、原作松本清張の『鬼畜』を観れば、幼児に対する虐待は今に始まったものではないことに気づかされます。

ネタバレは既にしている!日本映画不朽の名作『鬼畜』の奇怪な魅力

野村芳太郎が監督を務めた映画『鬼畜』の原作は社会派小説家松本清張によるものです。
松本清張の『鬼畜』はテレビでも2回ドラマ化されています。しかし、中でも野村芳太郎による映画は、最初に映像化され、しかも松本清張の小説と同様の時代に撮影されているため、ロケーションも無理なく自然な形で演出がされています。
原作、映画ともに有名なため物語の内容は非常に有名でありネタバレは既にしている部分が多いと言えます。
なお、この作品の原作は実際に起こった事件で、裁判記録を丁寧に調べて作られた小説であり事実に近いものになっています。

ネットでの評価を見ると「胸クソが悪くなる映画だ」などのネガティブな評価も多くあります。
実際に起こった事件は非常に狂気的なものであり、知った人々を不快にさせる部分は多くあるでしょう。しかし、これこそが人間的な真実であるとすれば、何度でも観て実際の自身の生活を正すことにもつながるのではないでしょうか。この映画はそんな社会派の松本清張の魅力と野村芳太郎による演出が絶妙に絡み合い、作品としても価値の高い魅力あるものになっています。
実際の事件を知っている人も、原作を既に読んでいる人も、ドラマで内容を知っている人も、更には既に映画を一度観ている人などネタバレしている人でも楽しめる作品です。

現在でも活躍している大御所役者たちの豪華な顔ぶれも『鬼畜』の魅力

『鬼畜』に出演している俳優陣はかなり豪華な顔ぶれで、現在でも演技派で知られ他多くの主演作品を持つ俳優が顔をそろえています。
脇を固める役者陣も、主人公の会社で働く印刷工に蟹江敬三、警官役に田中邦衛、婦警役に大竹しのぶなど豪華な顔ぶれです。『鬼畜』に出演している俳優陣は実力派ぞろいであり、映画の魅力である芝居部分を完璧なものにしています。

そしてなによりも特筆すべきなのは、主演している緒形拳と岩下志麻の秀逸な演技でしょう。
会社の経営が困難なしがない夫・緒形拳は、妻の岩下志麻に逆らうことが出来ません。妾との間に生まれた子供3人を、岩下志麻の希望にそうように捨てていきます。
犯罪など無縁でどこにでもいるような男が、やがて自分の子供を殺そうとするという鬼畜になっていく様を見事に演じています。
自分自身が鬼畜のような行動を行っていることを意識はしているのですが、雰囲気に流されるまま行動に移していきます。この時の葛藤を上手く演じていて、1978年当時の映画賞では多くの主演男優賞を受賞しています。

狂気的で恐ろしい妻を演じた岩下志麻は、透き通った肌と冷徹な表情はまさに、魔女とでもいえるような奇怪な魅力があります。
岩下志麻は妾と確執を起こします。この確執の末、連れ子である3人の子供たちと一緒に暮らさなければならなくなります。他人の子供を預かることに対する嫌悪感や嫉妬などの感情は、行動に表現されていきます。

特に子供を虐待しているシーンは必見の価値があります。本当に子供を嫌悪しているかのような鬼気迫る芝居です。いたずらをした子供を捕まえて強引にご飯を口の中に突っ込む。髪の毛が臭いという理由で洗濯用の洗剤を頭からかける。またある時は体調が悪そうな子供をほったらかしにする。など、岩下志麻の虐待シーンは目を背けたくなるほどに恐ろしいです。

野村芳太郎の演出が秀逸!細かいこだわりが『鬼畜』の狂気を表現

映画は映像で語る物語であり、スクリーンに映っているすべての要素が何か表現しています。登場人物にセリフで語らせなくても背景や小物、メイクや衣装などを工夫すれば感情を表現する事すら出来るものなのです。
だからこそ、この作品のどろどろとした狂気を表現するために、野村芳太郎は細かい部分にも気を配っています。

例えばこの作品の舞台設定の季節は暑い夏です。うだるような夏の暑さを映像表現するためにセミの鳴き声や陽炎などを効果的に使用しています。

中でも秀逸だと思うのは、役者一人一人にジットリとしてまとわりついているかのような汗をかかせていることです。
この汗によって夏の暑さを表現しているばかりか、この暑さが本人たちにとってかなり不快なものであることが表現されています。ジメジメとして不快な夏の表現は、急なことから3人の子供を育てなければならなくなったことへの不快感へもつながっているのです。
子供たちが悪さやいたずらをしている時の岩下志麻は冷徹な表情であるにもかかわらず、じっとりとして不快な汗をにじませているのです。これこそが野村芳太郎の細かくしかも効果的な演出技法だと言えるでしょう。

鬼畜である父親を前に長男は「知らないおじちゃんだ」と言い切る!

三人の子供のうち、一番下の子供は放任されたことによって死んでしまいます。長男はこれまでも妹と弟の面倒を見ていましたが、下の子はまだ赤ん坊であるため体調がすぐに変わってしまうのです。

ここから岩下志麻は味をしめます。
面倒をみなければならない子供が一人減ったのです。
そこで、残り二人の子供も捨てるという計画を立てます。緒形拳は真ん中の妹を東京の真ん中で置き去りにします。このことが上手くいったため長男も捨てに行きます。
しかし、頭の良い長男は自分一人で電車を乗り継ぎ、警察の力も借りながら父親が働く印刷会社まで戻ってくるのです。

長男は捨てることが出来ないと判断した父親はともに旅行に出かけ、旅行先の高い崖から子供を谷に落とします。しかし、子供は奇跡的に漁師に助けられ一命をとりとめます。長男は警察に誰に落とされたか、事情聴取されても黙秘を貫きます。しかし、警察はついに子供の親である緒形拳の居場所を突き止めます。

そして、子供に自分の父親であるかどうかを確かめさせます。実の父親を前に長男は泣きながら「このおじちゃんは知らない」と言います。このセリフの見方には2通りあると思われます。自分を殺そうとした自分の父親をかばったという見方と、父親とはもう認めたくないという見方です。
このラストシーンをどのように受け取るか、それは全ての物語を最初から最後まで見通せば自分なりの答えを出すことが出来るでしょう。

幼児虐待の問題は決して現代的な問題ではなく、人間の根本的な問題なのです。『鬼畜』を観て人間の根本的な狂気性について再度考えてみてはいかがでしょうか。