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大きな愛の物語

余命二ヶ月で家族を再生する『湯を沸かすほどの熱い愛』

余命二ヶ月で家族を再生する『湯を沸かすほどの熱い愛』

「余命わずか」と宣告されたら、一体何ができるだろう?“死にゆく母と、残される家族が紡ぎだす愛”という普遍的な物語。でも物語は意外な方向に進み、ラストには思わず絶句!それでも映画の世界から抜け出したとき、不思議と前向きに生きていける心地がする、そんな小さな魔法をかけてくれるような一作。静かに、でもがむしゃらに涙を流したいという人にオススメです。そして「お涙頂戴にはあきたよ」というあなたにも勧められる、とっておきの作品なんです!

お母ちゃんの「絶対にやっておくべきこと」リスト

本作の舞台は、銭湯「幸の湯」を営む幸野家。
父が1年前にふらりと出奔し、銭湯は休業状態。その妻・一家の母である双葉は、持ち前の明るさ、そして強さでパートをしながら娘を育てていましたが、ある日突然倒れ「余命わずか」という宣告を受けてしまいます。

その時お母ちゃんが決めたのが「絶対にやっておくべきこと」リスト。

■家出した夫を連れ帰って、家業の銭湯を再開させる
■気が優しすぎる娘を独り立ちさせる
■娘をとある人に会わせる

しかしこれらを実行することは、家族の大きな秘密を取り払うことになってしまいます。果たして家族はどんな道を行くのか・・・。

こんなストーリーを聞くと闘病物の重い話かと思いきや、病気はあくまでもスパイス。余命わずかであることが発覚したお母ちゃんが、調理道具の“お玉”で殴りつけながら逃げた夫を家に戻すなんていうコミカルさも。そんなコミカルさも交えながら、弱気な娘に困難に立ち向かう勇気を教え、まさかの夫の浮気相手の娘をも家族として受け入れ、家族を再生していく様子を描いていきます。
家族ってなんだろう?ありったけの愛で人を葬るってどういうことなんだろう?そんな、ハッと我に返れば重たい疑問を、ふわりと違和感なく心に抱かせ、考えさせてくれる映画です。

お母ちゃんと娘

本作でお母ちゃんの双葉役を演じたのは宮沢りえさん。
他人までもをふわりと包みこむ優しさと強さを持ちながら、“聖母”では決してない、人間味溢れる普通の“お母ちゃん”という双葉を演じるにあたり、相当の役作りをしたのだと言います。特に”死にゆく母の役“であることから、過密スケジュールの中5日間の時間を割いて肉体的な役作りも行ったというので驚き!そのおかげで一日一日と死に近づく双葉の体がとてもリアルで、それが観客に映画であることを忘れさせるほどです。

そんなお母ちゃんの、気弱でいじめを受けて引きこもり寸前の娘、安澄役を演じたのは杉咲花さん。
序盤のいじめられっ子な彼女が、母の死や家族の秘密に向かい合い、たくましく成長していく様子は観る者の心を捉えて離しません。役作りのために、撮影外でもお母ちゃん役の宮沢りえさんなどと役名でメールを送り合ったり、銭湯の風呂掃除をやったりと努力を惜しまなかったという裏話も。
この二人の演技は観客をずぶりと物語の世界に引きずり込むほど迫真のもの。撮影時でさえ何度かカットを忘れてしまうほどだったと監督も語っています。また二人共に自分が直接は映らないシーンでさえも芝居に手を抜くことはなかったというほど。中野量太監督のキャスティング基準の一つに“映画の世界に嘘なく存在できる人”というものがあるようですが、この二人はまさにそのような人だったのですね!

映画を彩る名脇役たち

本作には宮沢りえさん、杉咲花さんだけでなく、物語に厚みを持たせてくれる名脇役達が沢山登場します。
出奔後お母ちゃんに連れ戻されてくる夫役はオダギリジョーさん。どうしても頼りない、ダメンズっぷりが素晴らしかったです。
また幸野家一家にヒッチハイクを頼む青年役に、松坂桃李さんも登場。松坂さん演じる青年を包み込む宮沢りえさんは、死が近づいているとは思えない美しさで、それでいていやらしさのない雰囲気を作り上げていました。やっぱりお母ちゃんなのだなぁと感じさせます。

そして忘れてはいけない名脇役中の名脇役が、幸野家が経営している銭湯。メイン舞台というわけではありませんが、ここでこそ、という箇所で印象的に使われます。最初は放置されてから1年経つ状態ではじまりますから、結構なボロボロ具合。しかし話が進むにつれて徐々に活気を取り戻していきます。多分家族関係を銭湯の状態で表しているのでしょう。特にラストの驚愕はこの銭湯があってこそ。どのような活躍をするか気になる方は、是非とも本編をご覧ください。

中野量太ワールド

中野量太監督は数々の映画賞を受賞していますが、メジャー映画としてはなんと本作がデビュー作!それでありながら全く危うさのない、深い映画の世界を展開しています。

中野監督はこれまでの作品においても“家族”“死”といったテーマを扱ってきていますが、それは監督の人生経験が大きく影響しているようです。監督自身が母子家庭で、かつ親戚との付き合いも多かったために不思議な家庭で育ち、また多くの親戚の死を見てきて、それでも幸せだと感じていたといいます。これが原体験となり、そのような生き方、価値観が作品にあふれているのですね。だからこそ嘘や違和を感じない、また単なる“お涙頂戴”にならない、人間らしい人生が描かれる映画になるのかもしれません。本作にはその魅力が「これでもか!」と詰まっていますから、はじめて中野監督作品を見る人には特にオススメですね!

中野監督の映画世界の魅力は、どことなくミステリアスで、またこれでもかというほど細かい登場人物達の裏設定があるところ。そして何より要所に細かく、それでいて丁寧に置かれた伏線がクライマックスに向け綺麗に集約されていく点も外せない魅力ですね。
本作で言うと、例えば序盤に出てくる好きな色の話。何気なく出てくる会話が終盤に重要な意味を成してきますから、二回目以降の視聴だと思わずニヤリ、としてしまうこと間違いなし。加えて『湯を沸かすほどの熱い愛』というタイトル自体が一つの伏線なのです。ラストでわかる、このタイトルの意味にはぞわっと背中が泡立つほどの衝撃を受けてしまうかもしれませんよ。

さいごに

『湯を沸かすほどの熱い愛』は“死にゆく母と、残される家族が紡ぎだす愛”という普遍的なテーマを扱う物語。だからこそ心に響く作品であると同時に、中野量太監督の人生経験が大きく影響しているからこそ、人間らしくて単なる“お涙頂戴”にならない作品になっています。伏線とその回収の素晴らしさも必見です!
中野監督は2019年5月末に『長いお別れ』の公開を控えています。この作品の前に中野ワールドを体験しておくことも良し、見た後にもう一度別の中野ワールドを体験しに鑑賞するのも良し、かもしれませんね。
是非皆さんもこの素晴らしい映画を堪能してみてください!